人は普通なら自分の人生にはある程度の設計を描いて歩んで行っている。
まさか1時間前と1時間後の人生が一転していることなど誰も考えていない。
「地震で家が全壊した。」「津波で流された」「家族を亡くした」「町が消えた」言葉にするとたった1行で書けてしまえるけれど、その奥には人生が180度変わってしまい、言葉では書ききれ程のさまざまなことが待ち受けているだろう。
だから、「頑張って」とか「希望をもって」と声をかけることができない。

私には小学校からと中学校からの幼なじみの親友がいる。お互いの家のことから親戚のことまでわかりあっているので、もう姉妹のような関係だ。
彼女たちの携帯登録のグループ名には『雑草の友』と名付けている。
私たちは全員阪神淡路大震災で実家を失った者同士でもある。
幸い命を失くしたものは一人も出なかった。だから、なんとか頑張ろうと励ましあったものの、時間が経つとともに仕事を失ったり、職場が被災して転勤を余儀なくされたり、新築の家を手放すことになったりとそれぞれの人生に影響が出てきた。
私たちは多様な人々の生活する環境で雑草のように育った。大きな木のように強い根もなく、美しい花をつけて誰かに守ってもらえることもなかったけれど、踏まれても踏まれても日が経てばまた立ち上がる強さを持っている。。。と信じていた。
「雑草やから、強いねん。来るなら来い!雑草魂の凄さを見せてやる」と言い合った。それぞれが自分に言い聞かせるために。

瀬戸内気候の雑草より北国のより厳しい環境で育った雑草の方がきっと強いはずだ。
これを乗り越えたらどんなことでも乗り越えられるという覚悟と自信が生まれるから。

いい時は永遠には続かないけれど、悪い時も永遠には続かない。きっとこの経験があったから今の自分があると誇れる時が来るから。

だから、「頑張って」。
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